落ちていた木切れを一ヶ所に集めて、転がっていた石を動かして風よけを作り、その中心を浅く掘って木切れを並べる。火を点ける。
「……こんなものかしら」
「何をしている」
ごそごそやっているのが気になったか、アルベルの不機嫌な声。動いたせいで額に浮いた汗を拭きながら、マリアは炎の大きさを調節する。
「料理素材はあったから。体力なんかが回復する料理は作れなくても、何もないよりはマシでしょう? 火を通して食べられるようにしようと思って」
それに、と続ける。
「陽が落ちてきたから、からなのかしら。さっきから、だんだん寒くなってきて、」
「阿呆……!!」
言葉が途中で遮られ、彼が不機嫌なのはいつものことだが、声の響きが何だか違う。不思議に思って顔を上げると、何だか焦りの色すら見える。
「外に、光が漏れる。その場所で火を焚くな。――ドラゴンどもが寄って来る」
「え……えぇ!?」
「今の体力じゃ、追い払うのも賭けだ。とりあえず消せ」
「わ、分かったわ」
換気のためにと選んだ場所が悪かったのか。マリアはあわてて炎を踏み消した。熱と光が一気に消えて、闇がのしかかってくる。瞬時に不安が増大する。
「アルベル……」
「何だ」
「ごめんなさい。――こんなこと、思いもしなかったの」
沈黙。空気が重くて、マリアはあえぐように息をする。不安で胸が苦しい。
「……知らなかったんだろ。もう、いい」
ややあって声が聞こえた。そっけない言葉に、それでもほっとする。目が慣れなくて視界が闇に塗りつぶされていて、世界中に自分一人しかいないのではないか、そんな不安に押しつぶされそうだったのが、一気に楽になる。
「でも、あの――」
「普通知らないことだ。言わなかった俺が悪い。……お前が何してるか、気にもしなかったしな」
「……え、と、じゃあ……どうしようかしら、あ」
「――おい」
何か話していないと不安で、思い付いたことを口早に言葉にする。そんなマリアの焦りの混じった声を、アルベルが止めた。ひぅ、息を吸い込んで、マリアが凍り付く。
「――なんで明かり点けないんだ?」
「……あ、あのっ、さ、っき、いきなり言われてさっき焦って火を消しちゃったから、」
「ああ」
「目が慣れなくて、ライトが見つからなくてっ」
「……そうか」
焦っている自分が馬鹿らしくて、気付かれていないことに安堵する。今度の沈黙は、さほど重くない。が。
「おい」
「な、なに!?」
「……何動揺してやがる」
ばれていた。
「……っ……」
口を開く。が、言いたいことが見つからなくて閉じる。言葉が見つからなくて、闇の向こうの男の存在が気になって、落ち着かない心臓が跳ねるようにリズムを刻んでいる。顔が熱い。
「そういや」
不意にアルベルの声がした。想像していたよりもずっと近くから聞こえてきたような気がして、マリアは思わずあとずさる。
「さっき言ってたな、寒いとか何とか」
「あ、い、今は大丈夫っ」
「今はな。そのうち冷えてくるぞ」
淡々と言われて、会話の端に思考のきっかけを見つけて、マリアは必死でそれにしがみつく。――動揺している自分は嫌いだ。足手まといになり下がる自分は、大嫌いだ。
「……キミはどうなの?」
どうにか、声が落ち着いた。わたわたしているうちに目が慣れてきたのか、ものの輪郭はどうにか捉えられるようになっていて。荷物から見当をつけてライトを取り出す。光量を最小に絞って手探りでオンにする。
ぼんやりと、先ほどと同じ場所にアルベルの姿が見えた。声が近付いたと思ったのは、どうやらマリアの勘違いだったらしい。
「……今は平気だ。ただ、夜が更けると多分もっと気温が下がる。何かないのか?」
「何か、って……布製の防具、装備可能な人がいないから全部売り払っちゃってて……他のものも、今思い付く限りでは防寒になりそうなものは……」
「――そうか」
「あの、」
話しているうちになんだか寒気に襲われて。少し眉をひそめたマリアが、躊躇しながら、そうしている間にも少しずつ立ち込める冷たいものに、やがて決心したように顔を上げた。
「……ね、近くに行ってもいいかしら」
「好きにしろ」
ため息混じりの、それども肯定の言葉にほっとした笑みを浮かべて。荷物一式を抱えて、頼りないライトの光に浮かび上がる男のそばへ。
「……とりあえず、レザーアーマーなら金属じゃないし、敷くにはいいかと思うんだけど」
他のものは金属鎧で、触れているだけで逆に身体を冷やしそうで。武具を粗末に扱うのはどうかとマリアも思うのだが、それでもアルベルがうなずいたのでほっとする。ほっとしながら荷物から取り出したそれをナイフで分解して。地面に敷いて、彼の分も同じように敷いておいてから、その上に腰を下ろす。
岩壁に身体をもたれかけると、楽ではあるのだが体温が奪われてつらい。仕方がないので膝を抱える。間近に迫った男の体温が、ひどく温かなものに感じられてそちらに身をもたれかけそうになって、そんな自分を叱り付ける。
それでも。たとえ触れなくても近くにいる人間の存在が、嬉しい。
「――あのね」
不意に口から滑り出た言葉に、マリアは自分で驚いて目を瞬いた。何を言おうとしているのだろう、自分は。
「ああ」
動揺する彼女に、アルベルがゆっくりと相槌を返してきた。することがなくて暇だから、相手をしてくれているのだろう、そう思って続けることにする。
「さっきの、話。なんで私が動揺してたか」
言った瞬間開き直った。くすり。自嘲の笑みが漏れる。
「私ね、恐怖症ってほどじゃないんだけど、暗いところが苦手なの」
「……そうなのか?」
「ええ。たぶん、小さいころの出来事が原因だろうけど、」
「――人間、ダメなモノのひとつやふたつあるだろ」
それ以上は言わせずにぶっきらぼうに言い切られて、くすり、今度はやわらかく笑う。
「アルベル」
「あ?」
「今日は、なんだか優しいのね」
「……あぁ!?」
不機嫌をあらわに、目を細める彼を上目遣いで見やる。
「お前な、」
「ありがとう」
文句を言いかけた、その先を制して。その目を見て、笑う。
「ありがとう、キミがいてくれて良かったわ」
「俺は何も、」
「たとえ何もしてくれなくても、ここにいてくれるだけで救われるの。――一人は、私、暗いところよりもずっと……苦手だから」
それに。崖から落ちたときかばってくれたんでしょう? 落ちないように支えてくれたし。岩を伝うときには、指示を出してくれなかったら動けなくなっていたわ。さっきも、教えてくれなければドラゴンを呼び寄せて、きっと今ごろは死んでいたと思う。
口早に言って、笑う。
「たくさんしてくれたわよね。だから、本当にありがとう」
幼い仏頂面で、たぶん照れ隠しにそっぽを向いたのにさらに笑って。膝に顎を埋める。
「フェイトたちは、アリアスに着いたかしら」
「……まだ無理だろう。急いでも丸一日はかかるはずだ」
そこで一度言葉を切って、にやりと意地の悪い笑みを浮かべるアルベル。
「迷ったり、途中でくたばったりしてなければな」
「そうなってたら、私たちもおしまいよ? この洞窟から動けないんだもの」
さらりと冷たく言い返す。そうしてから、そっと目を閉じる。
「……そうよね。クリフがいるから、まさかあの状態のまま私たちを探しているとは思わないけど」
「あの甘ちゃんがいるのにか?」
「ああ、フェイトなら探すって言い張るでしょうけど。でもクリフなら引きずってでもアリアスに向かうから。きっと、ネルもクリフに味方するわね」
「……ほう」
「軽くて頼りない中年に見えるけど、クリフの判断は冷酷よ。冷酷で……正しいわ」
目を開けてライトに手を伸ばして、意味もなくそれをいじりながら小さく笑う。
「目の前の一人と、その先の百人と。どちらかしか助けられないとしたら、キミはどうする?」
「――なんだいきなり」
「なんでも。ふと浮かんだの」
アルベルの答えを聞かないまま、マリアは続ける。
「クリフなら、ためらいもせずに百人を選ぶわ。私やネルなら、さんざん悩んだあげくやっぱり百人を選ぶ。……フェイトなら、」
「まず間違いなく目先の一人を助けるな。それから百人も助けようともがく」
典型的な甘ちゃんの阿呆だ。きっぱり言い切るアルベルに、笑う。
「――キミなら、じゃあどうする……?」
「俺は……」
あきれたように息を吐き出して、前髪が目を隠してしまってどこを見ているか分からない。
「俺は、仮定の話が嫌いなんだよ」
「乗ってきたくせに」
「黙れ、クソ虫が」
吐き捨てられて、もう慣れてしまった毒舌に頬は緩んだまま。柔らかな沈黙が降り積もる。
