あまり探る意味もなかった。すぐに分かった。
「肋骨ね!」
「……勝ち誇ったように言うな阿呆……」
腫れている、熱を持っている。表情が歪んで、息が荒い。
「精神力は!? 今すぐ限界までヒーリングかけなさい」
「命令、するな……っ!」

―― Patentrezept 5

岩棚での荒い息は、マリアを女と意識したわけではなくて、痛みを噛み殺していたから。あの台詞は、怪我をしていることをマリアに勘付かせないため。
無茶をして崖を飛び移ってきたのも、岩肌にへばりついて時間をかけて移動したなら、怪我の痛みで気を失うと踏んだからだろう。むしろ、集中力が続かずに崖から落ちることを懸念したのか。
マリアは思った。
「私が阿呆のクソ虫なら、キミは超絶馬鹿よ!!」
「何だと、この……」
「ヒーリングかけなさい! 気を失ったなら私が面倒見るから!!」
「じ、冗談言うな阿呆! それが嫌だから隠してたんだろうが!!」
「怪我して熱出して朦朧な頭で意地張るなって言ってんのよ! パラライズボルトあたりで麻痺させた方が早いのかしら!?」
「てめ、俺を殺す気か!?」
喧嘩腰で言い合いながら、あまりの馬鹿さ加減にマリアは泣きたくなってきた。
痛いくせに、熱まで出してロクにものも考えられないはずなのに、それでもこの男はマリアを気遣っていたのだ。マリアが寒いと思って、発熱で上がった体温を防寒に回そうとした。
超絶馬鹿、などという言葉では言い表せない。史上最高の馬鹿、でも足りない。
――悔しい。なぜ自分は今、何もできることがないのだろう。

「……ヒーリング、かけなさい……! それで、少し寝て。私にできることがあるなら、何だって言ってくれていいから……!!」
勢いで地面に押し倒していたことに今になって気が付いて、元レザーアーマーを彼の下に敷く。マリアの分も回して、少しは楽に横になれるように。舌打ちしたアルベルがそこでようやく身体から力を抜いて、そうすると敷物の面積が微妙に足りない。
仕方がないので直接地面に座り込んで、その頭を自分の太腿に乗せてやる。
「……!! お前!?」
「いいから! もう二、三回はいけるでしょ、ほらヒーリングをかける!!」
にらみ合いは、マリアの勝利。舌打ちしたアルベルが呪文を唱える。光が凝って、その呼吸がまた少し楽になったのが分かった。小さく安堵の息を吐く。
「……一体どれだけ無茶したのよ……?」
「たぶん一、二本ヒビ入ったってとこだろ……無視できねえが、大騒ぎするほどでもねえってのに……」
「肋骨よ? 下手に剥離して内臓傷つけたら冗談じゃすまないのよ??」
「うるせえ……」
ぞくぞくと迫り来る冷気。体温を奪うだけのカーボン仕様のプロテクターを外す。少し楽になって、しかしやはり寒い。アルベルに触れている、その脚だけが温かくて。
無意識に彼の髪を撫で付けていた自分の手が、なんだか笑えた。

◇◆◇◆◇◆

時間経過ごとに、精神力が回復すれば機械的にヒーリングをかける。他人に弱いところを見せたくないアルベルはひたすら不機嫌で、しかし他にできることが何もないマリアはただそれを眺めるばかり。
「……ヒーリング」
ぴろりん♪
何回目かの回復呪紋。脚の温もりがごそりと動く。
「――おい」
「何」
「もうほとんど回復した。どけ」
言われても、寒くて、座り込んでいた地面から熱が奪われて、思考が鈍っている。マリアはゆっくり首を振る。長い間動かなかったせいか、なんだか身体がぎしぎしいう。
「ダメよ。キミの性格くらい把握できてるわ。もう一回、せめて呪紋をかけるまで、駄目」
「あのな……」
ため息。伸ばされた手を避けようとして顔を動かしても、追い付かれた。追い付かれて触れられて、けだるい表情が瞬時に変わる。
……あ。
「――無茶してんのはてめえだろうが!! なんだよこの冷たさは! 死ぬ気か!?」
激怒。脚の重みが消えて、視界が回る。血が冷えていて思考が追い付かない。熱いものが肌に触れて、思わずそれに身をすり寄せて、次の瞬間目を瞬く。あわててもがく。
アルベルにがっちり抱きかかえられて、身動きが取れない。
「それだけ反応鈍くなってまで、よく意地を張るもんだな」
「……っは、離して!」
目茶苦茶に身体を動かしても、まるで緩まない腕。自分が女で相手が男で、その違いが事実として眼前に突き付けられて、腹が立つ。
「離しなさい!」
「ヒーリング」
ぴろりん♪
聞き慣れた呪文、身体に伝わる温もり。目を瞬く。
「馬鹿なことしないで! まずあなたの体力回復が先でしょう!?」
「馬鹿はどっちだ! 体力底付いてて、意地で寒くないフリして、このままじゃてめえ死ぬぞ!!」
怒鳴られて、それが事実だと分かっていて、反論できない。
マリアをにらみ付ける真紅の目、怒りに燃えている。深く熱い、真紅。炎。燃え上がる。
その目が不意に鋭くなった。同時に口元が、にたり、不気味に歪む。ぞくり、寒気ではなく本能がマリアの肌を粟立たせる。彼女の中の女が警鐘を鳴らす。
――逃げろ。
「……それだけ暴れる元気があるなら、」
「――何、を……」
「犯してやろうか、今ここで。――熱くなるぜ?」

◇◆◇◆◇◆

言われた瞬間、全身がすくみ上がった。狭い岩棚でのあの台詞とは違い、今度は本気だとなぜか分かった。本能が怒鳴りつける。逃げろ、このままではいけない。理性が、しかし悲鳴を上げる。下手に動くな、煽るだけだ。
矛盾する言葉に身体が凍り付く。そこかしこが緊張したまま、動けない。
それでも、たとえ身体が動かなくても男の思うままにはなりたくなくて。目に精一杯の力を込めて、にらみ付ける。きりり、噛みしめた奥歯が音を立てる。
視界の先、男が――嘲笑う。
「……いい目じゃねえか、ああ?」
勝手に震える身体。全身が緊張したままで、昼間からの疲労がのしかかってくる。
「そのままおとなしくしとけ。警告はこれきりだ、いいな」
低い声。背筋に走る冷たいもの。
言うだけ言って男は顔を伏せた。ばさり、前髪で彼女を縛る真紅が隠れて、止めていた呼吸を浅く早くくり返す。身体に回る腕。クリフの半分ほどの太さの――細い腕に、しかしマリアのそれよりも二回りは太いそれに、逆らえない。
理性が必死になった。この男は言ったことを裏切らない。動くな、暴れなければ何も起こらない。動くな。凍り付いていろ。動くな……!

「……あ……」
喉が干上がっていて、無理やり紡いだ声はかすれきっていた。唾を飲んで深呼吸をして、
「アルベル……」
「――」
「暴れ、ないから……、分かったから。……お願い、力、抜いて……」
身体に回る力強く細い腕。がっちりと抱きしめられていて、
「……苦しい、の……」
プロテクターをはずした身体、その指のありかまで分かるほど。力いっぱい締め上げられて、恐怖と熱と、男に抱きしめられている、その状況以上に呼吸が苦しい。
「……っ、アルベル……」
あえぐようにつぶやいた瞬間、ふっと、身体に回る圧迫感が弱くなる。
「――もう、しゃべるな」
「……だ、」
「しゃべるな。動くな。……いいか、これ以上俺の理性を削り取るな」
抱きしめられて、彼の声が直接身体に響いてぞくぞくする。こんな状況なのに、男性に対する恐怖感は浮かんでも、アルベルに対する嫌悪感はまるで浮かんでこない。
なぜ。
「言っておく。警告じゃない、覚えとけ。――俺を刺激するな。本気で襲うぞ」
――こんなにも、身勝手なことを言われているというのに。

◇◆◇◆◇◆

身動きも、声を出すことも禁じられて。それきりアルベルも動きを止めて。
緊張したままの身体に疲労が蓄積していくのが分かる。ただでさえ今日は色々あったのに。そもそも崖から落ちる前ですら、体力は限界に近かったのに。自分の体力が、精神力がいつまでもつのかまるで分からない。
もしもここで気を失ってしまったら、この男は自分をどうするのだろう。
未知の恐怖におののく心の反面、疲労が投げやりな思考を引き連れてくる。結局、力では男にかなわないことなど、先ほどの抵抗で確認ずみだった。もしもアルベルがその気になったなら、自分はきっと抗いきれないことが分かっていた。
意地を張るな。甘くささやく声。なるようにしかならない、とっとと諦めてしまえ。
けれど、同時に反論する声。諦めることと状況を受け入れることは違う。気を抜くな。すぐに動ける心の準備を怠るな。
――なぜこの男に関わることになると、こうも矛盾する心が生まれるのだろう。
体力が、本当に限界に近付いていくのが分かる。抱きしめられることに慣れなくて、緊張しっぱなしの身体が、まるで動けない鎧を身に付けている気分にさせる。身体は緊張して、逆に意識は朦朧として。思考がまとまらない。寒かった身体は冷たかった身体は、けれどいつの間にか温かくなっている。ああ、この男のおかげなのだと、服越しにでも肌を合わせているおかげなのだと、泡のように浮かぶ間の抜けた思考。

――やがて、限界がきた。視界が闇に閉ざされる。意識が拡散して、消えてしまう。
ああ、これから一体どうなってしまうのか。

―― Next ――
2003/09/12執筆 2004/07/17UP
アルベル×マリア
OFP
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