「――目先の一人は、どんなヤツだ?」
ややあって不意にアルベルがつぶやいた。なんの話か一瞬分からずに、少し言葉が遅れた。
「……目先の、一人……?」
「そいつが俺の気に入ったヤツならそっちを選んでやる。全然知らないヤツなら百人だな」

―― Patentrezept 4

ふうん、マリアはつぶやいた。そういう答えは、考え付かなかった。
「たとえば、そうね……アーリグリフの王様とか」
「王なら、残りの百人を助けようとするだろう……」
「じゃあ、見捨てる?」
「あぁ?」
マリアに向けられる真紅の目。感情があらわだ――あきれている。
「助けるに決まってんじゃねえか。俺がたとえ諦めても、あいつなら百人を助けられる」
「……そうなの?」
「俺の王だ。それくらいできないなら仕えてねえ」
乱暴な言葉とぞんざいな態度の割に、かなり信頼しているらしい。
「そう。……じゃあ……ウォルター伯爵」
「見捨てる」
間髪入れない返事。
「え、でも小さいころから面倒見てもらってるんでしょう?」
「あんなタヌキ助けてどうする。阿呆。老い先短い老いぼれが」
「その言い方って……」
あきれたように言いながら、でもきっと助けるんだろうな、と思った。
「――疾風の、名前を聞かなかったわ。ここまで送ってくれたあの兵士さんとかは?」
「あー、……どうだかな。気が向きゃそっちか……」

たった三人上げたところでネタが尽きた。大体、アーリグリフの人間をマリアはよく知らない。シーハーツの人間だと、たぶんアルベルにとってどうでもいい存在に分類されるだろうから、百人の方を選ぶと思う。
それでも、会話を打ち切るのはなんだか惜しい気がして、
「――フェイトやクリフだったら?」
「……」
沈黙。横目でうかがうと、しかしそれでも真剣に考えてはいるらしい。宙の一点を半眼でにらみ付け、ぴくりとも動かずにしばし。
「――あいつらが捕まって俺が無事な状況ってのが想像つかねえ……」
ぼやいて、それからがりがりと頭を掻いて、
「自力でどうにかするだろ」
「そうね」
それはまったく同感で。うなずいたら笑われた。
「――ネルなら、どうする? 少し前まで戦争をしていたんでしょう」
「あ? フェイトたちと同じじゃねえか。助けたら逆に殴りかかってくるなありゃ」
ああ、そうかもしれない。
彼女は自分を軽んじるところがある。むしろ、自分を犠牲にしてでも百人を選ぶような甘いところが。もしも助けたとしても、自分のその身を差し出して百人を救おうとするだろう、愚かなところが。――そこが、彼女の魅力なのだが。

「……ええと、嫌だわ。もう思い付かない……ああ、」
ついでに。
「何だ」
「私だったら、選んでくれるのかしら」
言ってから、間抜けな言葉に気が付いた。選ばれたなら、嬉しい反面仲間扱いされていないような気がして腹立たしい。見捨てられたら、それはそれで不愉快だ。
もしもの話は、やはりするものではない。
「あ……」
「ストップ。ごめんなさい、言わないで。どちらにせよきっと嫌な気持ちになるから」
……あきれたような顔。

◇◆◇◆◇◆

結局それきり言葉が途切れた。
這い上がってくる冷気に不意に気が付いて、マリアは自分の肩を抱く。まだ、大丈夫だが……それでも、寒い。まさか凍死はしないだろうが、それでも体力はずいぶん奪われそうだ。まだ宵の口ですらないはずなのに。
そこで不意に――気付いた。元から重装備の自分よりも、アルベルの方がまずいかもしれない。なにしろあんな格好だ。たとえ乗り切っても腹くらい下さなければ変だと思う。
思うものの。……だったら、どうしよう。
「……アルベル? あの……寒くない?」
「ああ……まだ平気だな」
――そうなのか。
こういう時に無駄な意地を張らない人間だと思うから、素直に信じることにして。しかしいつまで平気なのか。本人にも分かるはずがないものの、不安になってくる。
寒さ。目を閉じて考える。……奪われるのは、体力。
「……精神力は、どう? ヒーリング唱えられるなら、少しでも体力回復しておいて。私はまだ大丈夫だけど、ほら、装備が……」
「ああ……」
闇の向こう、ごそりと動く気配。彼が自分の体力を回復して、それでもまだ精神力に余裕があったなら、こちらの体力も回復してもらえるように頼もうと思う。
思っていると、不意にぬくもりに包まれた。

……え?
「……っ、な、なに!?」
「暴れるな。――何もしねえよ」
ため息交じりの声がすぐ耳元でする。熱い吐息が耳にかかる。ぴくん、身体が勝手に跳ねる。背後から包み込まれるように軽く抱きしめられて、そう気が付いた瞬間もう寒いだとか暑いだとか、そんな感覚が消し飛んだ。
あの狭い岩棚のときのは不可抗力で。さっきの指のは治療で。そして今は、……今は、あくまで体力温存というか、冷気対策で。
理由があるのだと、そういうのではないのだと、必死に自分にそう言い聞かせる。言い聞かせても、脈拍はどんどん激しくなり、身体の緊張がいつまでも解けない。
「――だから、んな警戒するな」
「……そ、んなこ、と……言われ、ても……っ」
耳元で言われれば、ぞくぞくと首筋に背筋に何かが走る。それは落ち着かないけれど、けして不快なものではない。不快なものではないのだが、どきどきして、ふわふわして、ぐるぐるして、くらくらする。
自分がなんだか信じられない。意識しているのは、ここまで意識しているのは自分だけなのに。アルベルは、そんなつもりがないときっぱりと言っているのに。
「あのな、そう意識されるとこっちも落ち付かねえんだよ」
「だ、って……! 無理なものは無理よ、っていうか、耳元で言わないでっ」
ため息。熱い息が耳にかかる、また身体が跳ねる。耳元でどくどくいう音が、もう数すら数えられないくらいに早い。その分頭に血が上がって、何も考えられなくなる。
「あの筋肉男あたりだと思い込めば、どうなんだ」
「意味ないわよっ! クリフ、頭撫でるくらいしかしないもの!!」
「んじゃ、……つーか、免疫ねえのか? その歳で??」
「……っ」

◇◆◇◆◇◆

免疫って、何の免疫なのだと思う。男に対する免疫なのか? それならば、まるきりない。
そもそも他人に触られること自体、今までほとんどなかった。出生を知って以来、特に自分から触れるのが怖くなった。こちらが身構えてしまうのが分かるのか、それでも触れてくるのはクリフくらいだ。そのクリフだって、頭を撫でるとか肩を叩くとか、その程度。
――ちょっと待て。必死に冷静ぶる頭の片隅が叫ぶ。ここはエリクールで、未開惑星で、つまり寿命が短ければ結婚適齢期も、きっとクラウストロとか地球とかよりも早いはず。最悪十年以上開きがあるのかもしれない。
つまり、つまり……!

考えることで必死に落ち着きを取り戻そうとしているマリアに気付いたか、背中の温もりが少しだけ遠ざかる。少しだけほっとして、同時に何だか淋しくなる。淋しいと思う心が信じられなくて、落ち着けとまた呪文のように唱えようとして……
「――ヒーリング」
ぴろりん♪
馴染み深い光。耳に感じていた吐息が、少しゆっくりになる。
「……?」
「――なんでもいいが、その鎧冷たくないのか?」
言われて、そちらに意識が向きかけて――いきなり悟った。
身体の前に回る腕を力任せに引き剥がして、振り返る。息を吸う。
「キミ、さては怪我隠してたわね!? いつよ、……じゃなくて、どんな具合なの!!」
真紅の瞳が宙を泳いだ。――うろたえている。
「――な、何の……」
「今さらごまかそうったって無理よ。気付いたもの。崖から落ちたときね? 私をかばったんじゃないの!? ああ、そういえば左腕ほとんど動かしてなかったわね、そっち?」
言いながら、違うと思った。確かに左腕にも怪我をしているだろう。まったく動かしていたのを見た覚えがない。しかし、それよりも……。
「ああもう、無理とか無茶とか無謀とか、そういうの自重しなさいよキミは少しくらい!!」
「うるせえっ、クソ虫!! 誰のせいだと思ってやがる!」
「私のせいでしょ、分かってるわよ! 最初からそう怒れって言っているのよ、私は!! 確かにどうしようもなかったけど、分かってたならもう少し考えたわよ!?
で、どこをどうしたの、言ってみなさい!」
「それこそ言ったってどうしようもないだろ阿呆!」
「私が満足するのよ、言いなさい!!」
言いながら、マリアはアルベルの身体を押し倒した。頭に血が上がった状態だからそんなことができた。射殺しそうな目でにらみつけてくるのにまったく怯まずに、むしろ表情の変化を見逃さないように睨み返してアルベルの身体を探っていく。

―― Next ――
2003/09/12執筆 2004/07/16UP
アルベル×マリア
OFP
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[最終修正 - 2024/06/21-10:38]