どこに行きたい? 何をしようか??
――さあ、きみの願いは……?

―― 春の夢 4

花が咲いて、風に揺れて、光なのか花びらなのかちいさな白いかけらが流れていく。どこへかは分からない、けれどどこかへ。その光景は美しく、どこか淋しく――多分それは希望に似ていて、淡い願いにも似ていた。
涙が浮かぶくらい、その風景が切なく彼女の目に映って、潤む目でそうっと横をうかがったならきれいな顔立ちの青年はいつか彼女から目を移して、彼女と同じものを見ていたようだった。
同じもの――夢のような美しいこの風景か、あるいは。
「――オレの願いは、叶っちまったな」
頭にふわりと広がった思考が明確になる直前、小さなつぶやきが届いてそれは拡散した。きっとひとりごとだっただろうと思うのに、ぴくりと彼女の身体がはねる。
「……え?」
「さっき、言ったろう? ここに連れてきて、この景色を見せたかったんだ。そしてきみに笑ってほしかった。……それが願いの全部で、全部叶ったから……」
それはきっと幸せなことのはずなのに、青年は確かに笑っているのに、なぜこんなにも心が痛むのだろう。おだやかな笑みが、哀しいわけではない笑みが、なぜ泣いているように映るのだろう。
途惑う彼女に翠がまっすぐ向いて、深い色がさまざまな色に染まってきれいだった。こころの奥底まで、自分が自覚していないことまで見透かしてしまいそうに透明で、けれどそう思ってどこか恐ろしさを覚えてさえ、その翠はきれいだった。
「――だから今度はきみの番だな」
まっすぐな目でやわらかな笑顔で、そしてため息のように声が彼女に届く。
「どこに行きたい? 何をしようか?? きみが望むなら、どこにでも連れて行くよ。きみが願うなら、それがどんなものだって用意してみせる、どんなことだって叶えてみせる」
――さあ、きみが本当にほしいものは……?

――あなたは誰、とか。
――なぜわたしにそんなにも良くしてくれるの、とか。
疑問は、なぜか浮かばなかった。そして、親切すぎるその申し出の裏を探ろうなんて気持ちも、まったく浮かんだりしなかった。
彼女はただ首をふる。
青年は少しだけ、首をかしげた。
「十分です。……こんなにも美しい景色を見ることができて、幸せだわ。
幸せよ。わたしは幸せな生を生きられた。生が終わった今も、こんなにも美しいものを見ることができて、わたし以上に幸せな人はきっと世界中のどこにもいないわ」
ふ、と。浮かんだ笑みが変化したような気がして思わず青年を凝視すれば、彼はそれまでと違って確かにいかにも楽しそうに、
「――望むなら、もっと幸せになれるかもしれなくても?」
「今、十分満ち足りていますから。これ以上なんて望んだら、きっとバチが当たってしまうわ」
「そんなことないのに」
どこか淋しかった青年の笑みが、確かに笑みだけれど、今浮かんでいるそれはなんだか本当に楽しそうなものだった。そうして楽しそうに笑われているのはきっと自分だと思いながらも、腹立たしくはなくて、むしろその笑みにつられて彼女の頬もゆるむ。
「身にあまる幸せを手にしてしまったら、今度はそれを失うのがこわくなるもの。せっかく手にしたその幸せにもいつか慣れてしまって、過ぎた身でさらにもっと求めてしまうもの。そうなってしまったら際限はなくて、それは、きっともう幸せなどではないでしょう。
だから、もう十分です」
「そうか……うん、きみが言うなら、そうなのかな」
「そうですよ。わたしのことですもの」

◇◆◇◆◇◆

ぐるりと美しい花畑をもう一度見渡して、そして彼女はふと内心小首をかしげた。ここに来た時には気付かなかった、今も何かが見えるわけではない、けれど何かがあるような気がする。ここではなくて、ここのもっと先。何かがあって、それがひどく気になる。気付かなかったときはなんでもなかったのに、気付いた今はひどくひどく気になって仕方がない。
どこかそわそわと落ち着きになくなった彼女に気付いているのかいないのか、青年はのんびりと笑って、まっすぐ前に向けていた目が再び彼女に向いた。
「――じゃあ、最後の質問だ」
「え?」
「これから先を、きみはどうしたい? 今すぐじゃなくてもいい、疲れているならここで――この世界でしばらく休んでいてもかまわない。ここから先に進むのも自由だし、そうしたいなら迷ったりしないように送り届けるし、もしもきみが本当に望むなら――戻ることもできる」
「……わたしの生は、終わったでしょう?」
言葉の終わりの低い声に返したけれど、それに返答はなかった。一瞬だけ昏いものが見えたような気がしたけれど、次の瞬間には青年はまたやさしいあたたかな笑みを浮かべていて、エスコートしようとでもいうように再び手がさし出される。
反射的にそれに重ねかけた手を止めて、彼女の目は青年ではない方向を向いていた。彼の言う「先」なのかそうではないのか、見えない彼女には分からないけれど、先ほど気付いていまではたまらなく気になるその方向に、目が吸い付いたように離れない。

「――質問の答えではないけれど。あの先には、何がありますか?」
彼女の目線を追った青年が少しだけ目を細くして、彼女には見えないものがまるで見えているようにその目が細くなって、やわらかな笑みはまったく変わらなくて、
「「先」があるよ。……気になるかい?」
「ええ……あ、それを選んだわけじゃなくて、」
「気になるってことは、そうなんだと思うよ? 行ってみようか。それとも、やっぱりもう少しのんびりした方がいいかな?」
「……もう! そうじゃないと言っているでしょう? 一度言ったら引かないんだから」
――先ほど、はじめて会った青年に。彼女はそんなことを言って、どこか漂う不自然さに気付かない。青年はただ笑みを浮かべて、哀しいほどやさしい笑みを浮かべて、彼女の反応をただ待っている。
彼女の反応をただ静かに待っている。

―― Next ――
2008/02/13UP
ルーファス×アリーシャ
OFP
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[最終修正 - 2024/06/27-10:31]